70512-0015 - Japanese Craftsmen Making Tatami Floor Mats, 1890s

1890年代
畳職人

撮影者 撮影者未詳
発行元 発行元未詳
メディア 鶏卵紙
時代 明治
場所 屋外
写真番号 70512-0015
注文 デジタルデータ
著者
翻訳者

職人が二人、戸外の仕事場で畳を作っている。道具類が畳の上に置いてある。

畳の起源は古い時代にまで遡るが、その頃は床の上に薄い敷物を畳んで重ねてその上に座っていた。その後次第にこれが変化して、現在我々の知っている畳になった。畳が全ての階層の間で床全体を覆うものとして広く使われるのは17世紀になってから。第二次大戦後、洋式の家具を使うようになって、畳は次第に日本の家では見られなくなった。今では、新しいアパートでは畳のないものが増えている。

畳は畳表、床、それからその縁に縫い付けられた細い布でできている。この細い布は縁と呼ばれる。

畳表は、昔から藺草という柔らかい植物を織って作る。しかし現在は、プラスチックや木材パルプから人工的に作ったものも使われている。床は、藁を麻糸か合成繊維で束ねて作り、縁には麻、木綿、或いは合成繊維を使う。

日本では部屋の広さを表す場合、畳敷きの部屋であろうとなかろうと、その部屋に納まる畳の数で表すので、畳の大きさは全て同じだろうと思われることが多い。実際はそうではない。畳の大きさは地方によって異なる。地方毎の畳の大きさの例を、小さいものから挙げると次の通り。

関東 176 × 88cm
名古屋 182 × 91cm
大津 185 × 92.5cm
関西 191 × 95.5cm

このように、関西の畳の大きさは関東のものの1.18倍である。

更に団地サイズと呼ばれるタイプの畳もある。この大きさは170×85cmに過ぎず、「正規」のサイズの畳の中では最も小さい。これは1950年代に初めて建てられた低家賃の公共住宅(団地)向けに特別に作られたもの。

また半畳という通常の畳の半分のサイズのものや、があり、台目畳という四分の三の大きさのものがある。これ等は以前は茶室などで使われたが、今ではこれ等非定型サイズの畳は、現代のインテリアデザインのアクセントとして使われることが次第に増えている。

畳は何世紀もの間日本人の生活にとって大変重要なものだったので、当然のことだが、日本の言葉の中に入り込んでいる。畳を使ったことわざはたくさんある。例えば、「畳の上の水練」は言葉ばかり多くて行動がないこと。また、「千畳敷に寝ても一畳」というのもあるが、これは如何に広い部屋でも寝るときは畳一枚あれば充分、つまり欲張るなという意味。1

脚注

1 京都市国際国際交流協会ニュースレター。2003年4月「History of tatami」。2008年7月1日検索。

公開:
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引用文献

ドゥイツ・キエルト()1890年代・畳職人、オールド・フォト・ジャパン。2022年09月25日参照。(https://www.oldphotojapan.com/photos/497/tatami-shoku)

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